Jul 17, 2009

コー​​ルセンターのお姉さんには頭下がります

コー​​ルセンターの女性陣は本当に頭が小さくなります。クレーム処理でご予約の受付までお電話1本で相手と会話し、時には不平を言い、時にはいたずら電話を受け、それでいつも電話口では笑顔で処理できます。コー​​ルセンターで働きたいとは決して考えていない自分がいるとは到底考えられません。女性は本当に強いと思っています。
少しでもコスト削減の世界です。私は派遣会社からの紹介で、電話対応の専門メーカーとして企業に派遣されたことがあります。そこで一日中絶え間なく電話がされています。私のほかに別の電話対応専門の人がいました。しかし、二人も手一杯になる時がありました。電話代行業という職種があるのもうなずけます。それ電話代行も慣れてくると、様々な人と話す機会が増えて、意外と楽しいものです。
 ◇大相撲技量審査場所8日目(2011年5月15日 両国国技館)

 白鵬は立ち合いで初顔の隠岐の海にもろ差しを許すが、回り込みつつ体勢を立て直し下手出し投げで全勝をキープした。

 「相撲(入門)の先輩、番付の先輩としてしっかり受け止めて投げ捨てた。流れのある、いい相撲だと思います」。これで通算17回目の全勝ターン。「気持ちいい。(技量審査場所でも)自分の中では変わりませんよ。一番一番いい相撲を取りたいという気持ちで、あと1週間頑張ります」と余裕たっぷりだった。

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 プロボクシングの日本ライト級12位・土屋修平(24=角海老宝石)の次戦は、WBC世界ミニマム級王者・井岡一翔(22=井岡)が7月に予定している初防衛戦の前座で行われることが15日、分かった。

 土屋が10連続KO勝利を飾った7日の試合後、角海老宝石ジムの糸川マネジャーが井岡陣営に連絡を取り決定した。今月末には井岡と合同で和歌山・白浜キャンプを予定。「世界レベルの練習と意識を肌で感じることができる」と期待した。12日から3日間、岩手県遠野市で被災地支援のボランティア活動も行った“KOキング”が若き世界王者との“コラボ”でスターダムにのし上がる。

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 全日本プロレスの15日後楽園大会で、3冠王者の諏訪魔が新日本の永田との前哨戦で勝利した。

 6月19日の両国大会で永田の挑戦を受ける王者は船木と組んで永田、中西組と激突。序盤からエルボーや張り手で激しくやり合い、諏訪魔が22分42秒、岩石落とし固めで中西を下した。永田のフィニッシュ技で勝負を決めた諏訪魔は「岩石落とし固めは俺のものであり、全日本のもの。3冠のベルトとともに大切にしていきたい」とアピールしていた。

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 ◇男子ゴルフツアー日本プロ選手権日清カップヌードル杯最終日(2011年5月15日 兵庫県小野市・小野東洋ゴルフ倶楽部=7158ヤード、パー71)

 プロ16年目の39歳、河井博大(フリー)が4バーディー、1ボギーの68で回り、2位に2打差の通算9アンダー、275でツアー初優勝を果たした。パットに苦しみシード落ちを繰り返してきた苦労人が、メジャータイトル獲得で5年シードを手にした。国内メジャー最年少優勝が懸かっていた石川遼(19=パナソニック)は2バーディー、1ボギーの通算2オーバーで12位に終わった。

 夢にまで見た優勝インタビューは、涙でうまく言葉が出てこない。河井は何度も声を詰まらせ「すみません」と謝った。プロ16年目の39歳。もがき、悩み続けた道のりを振り返り「やめないで良かった」と男泣きした。

 08、09年の韓国ツアー賞金王ベ・サンムンとのマッチレース。接戦を制したのは苦しみ続けたパットだった。2年前から手袋をはめてクロスハンドで打つスタイルにしており、今大会前には“石川遼公認”の練習器具とパターマットを4000円ほどで購入。15番で6メートルを沈めてパーを死守すると、17番はグリーン外からパターを持ち、7メートルを沈めるバーディーで1打リードした。

 グリーン回りからパターを使うことをテキサス・ウエッジという。河井は「(わずかに)グリーン外ならアプローチよりパター。このコースに来てからずっと練習してきた」と準備していた。94年は合田洋が18番でバンカーからパターで寄せて優勝を決めたが、それをほうふつさせる技で、メジャータイトルをたぐり寄せた。

 初めてキャディーを務めた松村卓さん(37)も涙を流して喜んだ。互いにプロを目指していた頃、広野GCで研修生だった仲。今も練習の虫として知られる河井を「雨の日も雪の日も練習という人」と振り返った。それでも結果が出ないのがプロ。シードが獲れず、妻と2人の子供のために転職を考えた時期もあった。広島・瀬戸内高の1学年先輩で教えを受ける田中秀道には「やめたい」と打ち明けたこともあった。だが「ゴルフが好きで好きでしようがない」とクラブを握り続け、この日を迎えた。

 2日目から逃げ切った堂々の優勝で、5年シードを獲得した。これまでは「心技体が全て中途半端」と自身を評してきたが、それももう過去のものとなった。

 ≪ツアー初優勝が日本タイトル≫1973年のツアー制施行後、ツアー初優勝が日本タイトルだったのは、河井で15人目となった。河井は39歳6カ月2日での優勝。15人の中では、五十嵐雄二(09年ツアー選手権)の40歳9カ月10日、P・テラベイネン(96年日本オープン)の40歳5カ月6日に続く“遅咲き”となった。

 ◆河井 博大(かわい・ひろお)1971年(昭46)11月13日、広島市出身の39歳。中学3年でゴルフを始め、瀬戸内高校では田中秀道の1年後輩。日大を経て、広野GCで研修生となり、96年のプロテストに合格した。賞金ランクは昨年の42位が最高。家族は妻と1女1男。愛知県春日井市在住。得意クラブは1W。1メートル81、70キロ。

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